缶蹴り

 佐々井は缶蹴りの達人だった。なにがすごいといって、オニが見ている前で佐々井が鮮やかに蹴り上げた缶は、かならずどこかに消えた。かならずだ。いくら探しても見つからないので不思議に思っていたけれど、太田の親が奇妙な符号に気づいた。佐々井の蹴った缶が消えた時刻、空き巣やスリの頭に空き缶が直撃するという事件が発生していたというのだ。太田の親は刑事だった。
 空き巣は窓を割って忍び込もうとしたところに空き缶が飛んできて、びっくりしているあいだにパトロール中の警察に見つかった。スリは空き缶のせいで転んでつかまった。
 つまり、佐々井の蹴った缶が、罪を犯した、もしくは犯そうとしている人物のもとへ飛んでいっているのでは、というわけだ。
 推測の域を出ない話だけれど、佐々井は十代のうちから警察に協力するようになった。警察学校のグラウンドで日がな一日缶蹴りに挑んだ。ただ空き缶を蹴らせても駄目で、本気で取り組まなければ缶は消えなかった。彼はいつも真剣になった。いっしょに働く警察の卵たちも手を抜いたりしなかった。
 消えた空き缶がどれだけの成果を上げたか、定かでない。全国の警察が、逮捕した人物に、犯行直前に空き缶が飛んでこなかったか質問する。イエスと答える犯人は稀だし、微罪の者ばかりだと聞く。だからといって佐々井の蹴った缶が凶悪犯に届いていないとはいえない。犯行直前に空き缶が頭に当たり、そのおかげで思いとどまった人物がいるかもしれないのだ。衝動的な犯行は、ちいさな衝撃でくいとめることができる。佐々井はそう信じることで缶蹴りに本気になった。
 どうして僕がそんなことを知っているかといえば、空き缶を用意するために毎日コーラを飲むことを罰として科せられているからだ。

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