愛は栗色
栗色のネコだからクリ。
最初に呼んだのが、わたしだったか、道雄だったか。
アパート近くの砂利敷の駐車場で、クリは蝶々が飛ぶのをただ見上げていた。
季節をまだ、ひとつふたつしか知らないような、ちいさなネコだった。
ちかづいても逃げなかったのだって、人に慣れていたからじゃない。世界に不慣れだったんだろう。
穴蔵で生きていたのか、お母さんはどこなのか。
口は精一杯に開けるのに、出てくる声はお腹の底で吹く隙間風みたいに、かぼそかった。ペット禁止の部屋だということも忘れて、わたしは連れて帰った。
クリが来てからというもの、道雄は前より長く、頻繁に、うちで過ごすようになった。
宅配寿司のチラシを大きく破いてあげると、クリはうれしそうに手を出してきた。ピザやマンションでは興味を示さなかった。寿司屋は魚の匂いがするのかもしれなかった。
ある日、道雄が毛糸を一玉買ってきたけど、クリは興味を示さなかった。
「そんなにかわいいなら、連れて帰れば」
そう言ったわたしは、嫉妬していたのだろう。
うちだってペット禁止だよ、と彼は断った。臆病者、とわたしは責めた。
仕事が忙しい日は、クリの面倒を道雄に頼んだ。
道雄が来ない日のクリは、狭い部屋をくまなくうろつくようになった。そこにいないときのほうが懐き具合を測れるって、どういうことだろう。
「道雄くんはいませんよ」教えあげても、騙されないよというようにクリは鳴いた。
「ほんとだってば。あのね、道雄くんはね、ここのうちの人じゃないんです」
クリはかまわず玄関まで歩いていって、ドアを前脚で引っ掻いた。古いアパートで、傷のひとつふたつ、大家だって気にはしないだろうけど、わたしは「やめてくださいな」と言ってクリを抱き上げ、ベッドに連れこんだ。
「ねえ、そんな顔するならさ、お伝えくださいよ、道雄くんに、そろそろどうにかしませんかって」
お門違いな訴えなのは、わかってた。
クリを見つけた日のことを思い出した。ただじっとして、動くこともできずにいる姿を。わたしたちも、おんなじだ。
結婚しない理由なら、泡みたいにぽこぽこ出てくる。
このまま行けば、なんか、うしろむきな理由で決心するんだろう。
そんな気がしていた。
その夜も仕事が遅くなって、自宅に帰るとクリは道雄と遊んでいた。破れたチラシが床にちらばっていて、道雄の手にはもう一枚、分譲マンションのチラシが握られていた。
「ちゃんと片付けて帰ってよ」
疲れていたわたしは、いらいらしていた。だから道雄の言葉も、ちゃんと聞けなかった。
「ここ、ペットOKだって」
へえ、とだけ返して上着を放って、洗面台で顔を洗っているときに、なにを言われたか理解した。タオルも取らずに慌てて浴室を出た。
「なって言った? ねえ、いま、なんて」
しどろもどろになるわたしに、道雄はタオルを出して渡してくれた。足元にクリがすりよってきて、わたしはタオルを顔に押しあてた。