場違いなツリー
11月の終わりに高尾の家からクリスマスツリーが消えた。
背丈1mほどの、偽物のモミの木に電飾のついたおもちゃのツリーだ。
いま思えばチャチな代物だったけれど、当時(というのは30年ほど昔)はそれでもきらきらと珍しい品だった。
「ツリーが盗まれた。家中どこ探してもないんだ」
高尾の言葉に背中を押されたみたいに、三宅が「うちも」と言った。
「うちのツリーも盗まれた」
「うちも」と俺も乗った。
教室のちょうど真ん中あたりで、登校してすぐの雑談だった。
俺の家にはツリーなんて小洒落た品はなかったし、三宅だって同じだ。でも「盗まれた」ことにすれば、一度はうちにもあったのだと言い張れる。
あとからやってきた村田も「そういやうちのも消えてた」と話に乗った。
小学六年生の俺たちはサンタの正体も知っていたし、ケーキを食べられて、朝にプレゼントが置かれていれば、ツリーなんて要らなかった。
「なんの話」と小川がランドセルもおろさず話に入ってきた。
「小川んちは関係ねー」と三宅が馬鹿にした。
「坊さんとこにツリーなんて最初からないもんな」
小川は寺の息子で、サンタが来なかった。坊さんである小川の父親を、俺らは陰で「レスラー」と呼んだ。口ごたえすればパンチが返ってくることをみんなが知っていた。たまに顔にあざをつけている小川をかわいそうにも思うし、普段はふつうに遊んでもいたのだけれど、クリスマスについてはバカにするのがおきまりだった。小川だっていっしょに笑っていた。なのにそのときはちがった。
「ひょっとして、小川が犯人じゃねーの」
三宅が囃し立てる調子で言った。
意地の悪い言いがかりだったが、俺も茶化す側にいた。
「勝手に人んち入るなよ」
「坊さんの息子が泥棒さん」
「そんなにツリー欲しいのかよ」
ランドセルをうしろの棚に入れた小川は、最後の質問を背中で受けるやこちらを振り返り、言い放った。
「欲しいよ。悪いか」
その一言で俺らは黙らされた。
俺は延々考えた。胸の内側に風船がいくつも浮かんでいるようで、外に出してしまいたいのに、内側にこつん、こつんとぶつかってくるばかりで落ち着かなかった。
俺らは嘘をついた。たぶん、みんなも。これは嘘ですというエクスキューズを表に出さないまま、「ツリーが盗まれた」というでまかせを楽しんでいた。
小川に飛び火したのは偶然だ。小川だけが、あのとき、本当を言った。俺らを責めたり暴きたてたりせずに。「欲しいよ。悪いか」の一言で俺らをやりこめた。
だれが発案者だったか、俺らは理科室から豆電球とコードと電池ボックスを盗んだ。もちろん乾電池も。
日が暮れるころに寺へ忍び込み、適当な木を決めて自作の電飾をひっかけてやった。
翌日、小川はまたあざをつけて登校してきた。俺らの誰も自首しなかったし、小川に謝ることもしなかった。
高尾の家のツリーは母親が捨てていた。だれも盗んでなどいなかった。
時が過ぎ、寺を継いだ小川は敷地の松の木に電飾をつけてツリーに仕立てるようになったそうだ。