似た者

 毎朝見かける父子がいる。父親は四十代半ば。息子は中学おそらく二年生。おなじ時刻に家から出てくる。私もおなじタイミングでバス停まで歩くので、あちらでも私を認識しているかもしれない。
 息子は学校の制服で、父親も職場の制服なのか、いつも灰色のつなぎを着ている。近くの駐車場でふたりはわかれる。父親の方は自動車関係の技術者ではないかと私は見ている。身なりに気をつけるタイプでないのは、いつも左側頭部の髪が跳ねていることから明らかで、息子もたまにおなじところが跳ねている。癖っ毛というのか、アホ毛というのかわからないが、この父子が遺伝子鑑定に金を出すことが生涯ないのはわかる。
 いまの家に越してきて半年ほどが過ぎたころ、巨大な台風が上陸した。我が家のあたりは土地が低く、独り身の私のところにも町内会長が訪ねてきて、警報が出たら中学校の体育館へ避難するよう忠告された。できるだけ床に物を置かないようにとも言われたので、テーブルや机の上に物品を移動させた。作業の途中でスマホがけたたましく鳴った。事前に教わっていたとおり必要な物だけ身につけて、横殴りの雨のなかを歩いていった。
 体育館は二階建ての堅牢なつくりで、私は二階へ行くよう指示された。複数名の家族のためのスペースと、単身者のためのスペースとがわけられていた。割り当てられた仕切りの中で寝転がってスマホを見ていた。時間が過ぎ、うとうと浅く眠っては、また目を覚ますの連続だった。雨風が体育館を叩いてうるさかった。耳の奥でねずみが這い回っているみたいだった。それらに加え、ちいさな子の泣き声や、電話に向かって話す大声も聞こえた。怒っている声もあれば、安否確認をして喜ぶ声もあった。避難所は静かなのかと思いこんでいたが、考えてみればそんなことはないのだ。どでかい不安を皆が抱えて寄り集まっているのだから、息を潜めてばかりもいられない。私だってテキストで何人かに自分の現状を報告した。せずにいれなかった。
 朝が来て、狭いスペースから這い出して背伸びした。見ると、家族の区画のほうで少年がひとり、おなじように背伸びをしていた。髪の跳ね方から、あの子か、と思った。
 一階のトイレに行くと列ができていた。外ではまだ雨が降っているが、昨晩にくらべれば警戒度は一段下がる。レインコートを着た人物が体育館に駆け込んできた。頭にかぶっていたフードを下げると、側頭部の髪が大胆な書みたく跳ねていた。おろおろした様子で近くにいる人に「あの、うちの家族は」と尋ねていたが、相手は首をひねったようだった。
「携帯の充電が切れちゃって、ここにいると思うんですけど」
 私は彼に近づき「上にいらっしゃいますよ」と伝え、二階まで案内した。そこで彼は息子と出会い、じつによく似た泣き方で抱き合っていた。すると彼の妻であろう女性が出てきて、次に夫婦どちらかの両親であろう老父と老婆、さらに娘らしき幼い子が登場した。全員おなじところが跳ねていた、といえれば話のオチとしてもいいのかもしれないが、さすがにそんなことはなかった。
 私はもう一度、トイレの列に並んだ。長く待つことになったし、台風はまだしばらく居座りそうだったが、気持ちの良い朝だった。

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