ふたりの部屋

 一卵性双生児だというと、やっぱり教室入れ替わったりしたの、と聞かれる。
「一度くらいやっておけばよかったね」
 姉の愛子は、大人になったあとで残念そうに言った。
「瞳ちゃんもそう思わない?」
 思わない。
 私たち姉妹の似たところなんて、外見くらいのものだ。
 三十の歳に私は結婚して家庭に入った。
 同じ年に姉は転職し、輪をかけて忙しくなった。恋愛の暇もないくらい。
 そんなふうに中身はかなり違うのに、周りが「双子らしさ」を押し付けてくる。
 実家でひさしぶりに愛子と会ったとき、マンションの購入を検討していると聞いて、まただ、と思った。私たち夫婦もファミリー向けマンションを比較検討してる最中だった。示し合わせたわけじゃないのに、契約を交わした日も、入居時期も同じ。ただの偶然なのに、双子だと必然と思われる。姉がブラジルで雨に降られたら、日本の私のところにも雨雲が大急ぎでやってくるのかもしれない。
 引っ越しの日、夫が突然の出張を命じられ、一足先に引っ越しを終えた姉に手伝いを頼んだ。朝から荷物を解いて、あらかた片付けてしまった午後三時、近所のケーキ屋で休憩しているときに愛子が言った。
「ねえ瞳ちゃん、今夜、部屋、入れ替わらない?」
 愛子の部屋は、私のよく行くデパートから徒歩で五分ほどの場所にあった。前に勤めていたオフィスからだって十五分もかからない。まっすぐ部屋に向かうのはもったいなくて、会社員時代に通ったバーで軽く飲んでから、映画館でレイトショーを観た。
 帰り道は、どこも明るくて、にぎやかだった。
 愛子は昔からたくさんの友人に囲まれて、その周辺はきまってにぎやかだった。私は姉みたいに振る舞えないから、入れ替わったってすぐばれる。そんなことするより、お互いがお互いの生活で見つけた「いいところ」を教えあうのが楽しかった。
 真新しいマンションでシャワーを浴び、寝間着は愛子のものを借りた。むこうも私の服を着ているはずで、私も気づいてない「いいところ」をたくさん見つけているに違いない。
 愛子の部屋も素敵だった。シャワーの強さも、キッチンの広さもしっくりきたし、壁紙の色も好み。私でもここを選ぶ。ソファの配置もタオルのやわらかさもぴったりで、オーク材の書棚はうちと同じものだった。だけどそこに並ぶのは技術関係の本ばかり。私にはひとつも理解できそうになかった。
 それぞれの生活を楽しみながら、これからもっと違っていくんだろう。
 それこそ私の望んだことのはずなのに、ふと、寂しくなった。
 似てるところを、もっと、楽しんでおけばよかった。
 気を紛らわすために近所の24時間営業スーパーまで出かけ、ラベルにペンギンの描かれたワインと食料品を買った。ワインは姉への引越し祝い。それから忙しい愛子のため、母直伝のきんぴらを作り置きにした。
 翌日、我が家に帰宅して冷蔵庫をあけると、ペンギンのワインときんぴらが置かれていた。同じ顔で笑う愛子が、すぐそこに見えた気がした。

◎住宅関連の広告のために書いたショートストーリー。福岡のフリーペーパーに掲載されました。

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