ある日もりのなか

むかしむかし、ある森にクマが暮らしていました。
クマは満月が近づくにつれて、しだいにイライラとした気分になります。
だから、月がまるくなってくると、誰にも会わないように、森の奥へと向かいました。

そうしてまた満月が近づいた、ある午後のことです。
ひとりの女性が森に迷い込んできました。
クマはあわててその人の前に出て、はやく逃げるように言いました。
女の人はびっくりして、やってきた道を引き返していきました。

ほっとしたのもつかのま、クマは森の小道に貝殻の耳飾りを見つけました。
さっきの女性のおとしものにちがいありません。
クマは耳飾りを、そっと拾いました。
なんだか、どこかで見たことがある気がしました。
うっすらとしたピンク色の、くるんと丸くて小さな貝殻です。

そこでクマは思い出しました。
自分が、かつて、人間だったこと。
魔法をかけられ、クマにされてしまったこと。
その耳飾りは人間だったころ、だいすきな女の子のために作って、プレゼントしたものでした。

クマは走りました。
耳飾りを壊さないよう、もどかしそうに急ぎました。
女の人の姿が見えました。
おとしものですよ、と大きな声で伝えると、女の人は足を止めて振り返りました。

ありがとう、と言ったあとで、女の人は涙をこぼしました。
「この耳飾り、だいすきだった人が作ってくれたの。
もうずっと前のことなんですけど、いまでも、その人のこと待ってるんです。
よかった、とどけてもらえて」

びっくりするクマの前で、女の人は耳飾りを耳につけました。
そうしてクマの手を握ると、お礼に踊りましょう、と誘いました。

森の、すこし開けた場所で、ふたりは踊りました。
クマは自分が本当は人間なんだと伝えたかったのですが、
そのことを言うともっとひどい呪いにかけられると知っていたので、静かに踊りつづけました。

女の人が、ある名前を口にしました。クマが人間だったころの名前です。
こたえることができず、クマは涙をこぼしました。
女の人も、涙をこぼしていました。
不意に踊りをやめると、女の人はクマのふかふかの胸に顔をうずめました。
それからもう一度、さっきの名前を声に出しました。

すると、魔法がとけて、クマは人間にもどることができました。
本当の名前を2回つづけて声にすること。
それが魔法の解きかただったのです。

いまでも、森のクマさんの歌をみんなで2回ずつ歌うのは、その名残なのです。

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